蚕糸・昆虫バイオテック
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特集「昆虫科学の人為操作~ミクロからマクロまで~」
  • 小谷 英治
    2022 年 91 巻 3 号 p. 3_159-3_166
    発行日: 2022年
    公開日: 2024/03/18
    ジャーナル フリー

     ─序にかえて

     人類は農業生物を数千年にわたり改良し,利用してきた。養蚕とはまさにこの歴史そのものであり,今更にカイコの改変・利用の目標について語ることの要はないかもしれない。しかし,新しい生物学の進歩により,カイコを含め多くの昆虫の利活用は,その目的を新たにし,非常に活発さを増してきていると感じる。そこで,4名の国内研究者に協力を仰ぎ,「昆虫の生体機能や行動を人為的に操る」または「昆虫に何かをさせる」人為的操作に関する特集を企画した。まず,カイコ繭成分を改変する人為操作の方法と意義について拙稿において言及した。先端RNA干渉技術による昆虫個体機能の操作の実際について高木会員から詳述いただいた。また,特別に蚕糸学会の外から,フェロモンを利用した昆虫の行動制御の重要な意義について秋野博士に議論を深めていただいた。セイヨウミツバチの訪花の制御について前田博士より迫力ある解説をいただいた。外部環境要因によるシロアリの行動制御の新展開について大村博士より説明いただいた。惜しみなく協力いただいた皆様に心より感謝申し上げる次第である。本特集は,学会の内外問わずの寄稿であり,まさに異分野からの独自性あふれる研究者が真剣勝負を繰り広げる他流試合のような様相を呈しているが,昆虫種にこだわらずミクロからマクロまで幅広い視野からの新学術情報提供の場としてご理解いただければ幸いである(2022年秋)

  • 秋野 順治
    2022 年 91 巻 3 号 p. 3_167-3_175
    発行日: 2022年
    公開日: 2024/03/18
    ジャーナル フリー

     1.はじめに

     2015年9月に国連総会で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」,そこで国際目標として掲げられた“SDGs”は,人目を惹く標語やカラフルなロゴマークの効果も相まって,日本国内でもかなり注目を集めており,産業界のみならず研究・教育の現場でもその適合性が問われるほどに大きな影響を及ぼしている。とはいえ,実際にそこで示された一つ一つの目標自体は,いずれも取り立てて目新しいトピックというわけではなく,既に取り組みがなされているものも少なくはない。例えば,“持続可能な生産と消費のパターン形成”については,本質的に,農業等の一次産業が今日まで追及し続けてきたものと大いに重なり合う。収奪農業でない限り,農業の礎は,持続的な“有用生物資源の生産と利用”にあり,これまでにも“持続可能な農業”の実践に向けて“低環境負荷型かつ循環型の生産”を目指してきたと言える。実際に,灌漑等の栽培環境整備や,各種耕作機器等の農作業機械や肥料等の栽培技術の改良・革新,栽培環境に即した作物の品種改良や病害虫駆除・防除の技術改善が継続的に行われてきた。近年では,“スマート農業”(農林水産省;令和元年〜4年)として,栽培生産・流通の工程管理に対するAI等先端技術を導入するシステム構築も進められており,集約化と効率化が図られている。

     病害虫対策においても様々な技術革新が図られており,病害虫に対する抵抗性を獲得させた遺伝子組み換え作物─いわゆるGM作物も海外では既に実用的に生産されている。日本国内では,2022年現在食用としてのGM作物栽培はおこなわれていないものの,8種類323品種で食品としての使用が認められており,海外から年間数千万トンのGM作物が輸入され食品として直接・間接的に消費されている(農研機構2022)。そのため国内生産される栽培作物の病害虫対策については,従前の化学農薬等を用いる防除法で対応しているのが現状である。しかし,化学農薬に関しては,急性毒性をはじめとする健康被害へのリスクや環境毒性が問題化したことを受け,天敵生物などの生物農薬やフェロモン剤を利用した総合的害虫防除(Integrated Pest Management:IPM)や総合的生物多様性管理(Integrated Biodiversity Management:IBM)への移行が図られてきた。化学農薬は,その薬効特性から,特定の生物種のみに効果を表すのではなく,時に生態系において有益な生物種に対してすらもその効果を及ぼしてしまうのに対して,IPMやIBMは生物種間相互作用やその作用因子の活用を見込んでいるので,その効果発現が特定の生物種や生物種群に限定的であることが期待される。その結果,防除対象以外の生物種に対する悪影響が抑えられることから,環境負荷の低減に大きく貢献することとなり,持続的な環境利用と資源生物生産の実現に大いに貢献することになる。本稿では,フェロモン剤をはじめとした各種セミオケミカル(semiochemicals)剤による病害虫の管理とその利用可能性について概説する。これらの剤をもちいた昆虫行動制御技術は,今となっては,目新しい革新的技術ではない。IPMやIBMへの移行が唱えられてから数えると,凡そ30年の研鑽を積んできた“古き”手法である。しかし,生産・消費の持続可能性に注目があつまり,それを支える生物多様性の重要性が叫ばれる今日だからこそ,改めてそれらの手法を振り返り,その有効性を紹介しようと思う。

  • 前田 太郎
    2022 年 91 巻 3 号 p. 3_177-3_192
    発行日: 2022年
    公開日: 2024/03/18
    ジャーナル フリー

     1.はじめに

     農業の歴史は病害虫との戦いの歴史とも言われる(栗田 1991)。それを反映するかのように,古くから害虫に関する膨大な数の研究が行われてきた。また害虫管理に有効な天敵昆虫に関する研究も多い。一方,送粉昆虫の研究は自然生態系において花と送粉者の共進化などの視点から行われたものが多く,農業生態系における送粉昆虫の研究は相対的に少ない。害虫の被害は減収に直結するのに対し,送粉昆虫の不足が原因で減収することはあまり目立たず,そのような状態になった場合にはセイヨウミツバチやマルハナバチなどのポリネーターの導入あるいは人工授粉の実施により受粉不足を解消できたことが,農業における送粉昆虫の研究が少ない理由ではないかと推察される。

     しかし,世界的に野生送粉者やセイヨウミツバチの減少が顕在化し,生物多様性によって得られる生態系サービスの重要性が認識されるようになった今,送粉者の再評価と保全,有効な利用方法についての研究が急務となっている(IPBES, 2016; IGES, 2017; IPBES 2019)。本稿では,農業における送粉者の重要性と,送粉者が直面する問題,そして送粉者の積極的利用を考える上で欠かせない送粉者の行動制御について概説する。

  • 大村 和香子
    2022 年 91 巻 3 号 p. 3_193-3_199
    発行日: 2022年
    公開日: 2024/03/18
    ジャーナル フリー

     1.はじめに

     木材害虫として知られるシロアリに対しては,現在に至るまで,様々な薬剤がその防除に使用されてきた。しかし有機塩素系や多くの有機リン系などの合成薬剤やヒ素など,ヒトを含めた環境への負荷を考慮して使用禁止等となった薬剤も多く存在する。今後は環境負荷の少ないシロアリ対策として,シロアリの生息地域・場所に関する情報を加味した上で,シロアリへの選択性が高い薬剤の使用,ケミカルフリーなシロアリ行動管理法や高度な被害検出技術の開発などをより一層追求していく必要がある。

     本稿では,環境負荷の少ないシロアリ対策に資する,外部環境要因によるシロアリの行動制御に関して,一連の研究を紹介する。

  • 高木 圭子
    2022 年 91 巻 3 号 p. 3_201-3_208
    発行日: 2022年
    公開日: 2024/03/18
    ジャーナル フリー

     1.はじめに

     昆虫生理学の始まりは,ピンセットや糸などを使った外科的な実験だった。その後,突然変異体の解析やショウジョウバエを中心としたトランスジェニックの技術,現在ではゲノム編集といった技術により,外科的な実験で得られた知見に関わる具体的な分子が次々と明らかになっている。90年代に発見されたRNA干渉(RNAi)は,発現したmRNAを分解する現象であった。その後,実験室で人工的に誘導することが可能となり,昆虫のみならず多くの生物の研究で利用されている。カイコガをはじめとするチョウ目昆虫やショウジョウバエのハエ目はRNAiの影響が体全体に広がることは無く,cell autonomousな検証に向いている。一方,ゴキブリ目・カメムシ目・コウチュウ目などは,体腔に二本鎖RNAを注射するだけで,その影響が全身に広がる(systemic RNAi)という簡便さから,近年ではこれらの昆虫においてRNAiは頻繁に使われる実験手法である。幼虫期,蛹期,成虫期いずれの時期においても,任意の遺伝子の部分的な配列を持った二本鎖RNAを注射することで,容易に遺伝子のノックダウンができ,その影響は,配列にもよるが,数週間は維持される。また,メスの成虫に注射した場合,二本鎖RNAは卵細胞に取り込まれ,卵細胞もしくは胚での遺伝子ノックダウンを簡単に誘導できる場合もある(maternal RNAi)。そこで,systemic RNAiがよく作用することで知られているコウチュウ目コクヌストモドキの卵巣を対象とした筆者らの研究を紹介する。昆虫の卵巣は大きく分けて二つ,panoistic型とmeroistic型に分けることができ,meroistic型はさらにpolytrophic meroistic型とtelotrophic meroistic型の二つに分けられる。卵巣における卵細胞の成熟などの現象の理解はpolytrophic型が最も進んでおり,これは,遺伝子操作が最も進んだキイロショウジョウバエがこのタイプの卵巣を持つことがその一因と言える。昆虫の生殖を包括的に理解するためには他のタイプの卵巣の詳細も知る必要がある。本稿では,キイロショウジョウバエとコクヌストモドキの研究を中心に,二つの卵巣型を比較しながら述べる。

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